天井の高さが心地よいのは手に触れない部分の大きさによるものか。でかいものはかっこよく、おどろしく、熱烈な記憶が引っ張られるが今回のはどれでもないかんじだった。サメのThe Physical Impossibility of Death in the Mind of Someone Livingとすこしのレビューだけ見て少し楽しみにしていたが、でかいのはいいんだが花見と言われてしまうとどうしてこの空間でよかったのか、花見を超えない滑稽さの方にいってしまい、絵の具の厚さや微細な青はきれいなのだけど、いやそもそも頭部Ⅰ的な期待はそうそうのビジュアルから削除するべきはこちらだったと、友人「酒飲まずに花見できねえ」
いちばんよいビニ傘を忘れてきてしまう。
曇りの六本木。夕方前の路地の薄暗さは以上をすこし回復。こちらは縦横 比でないが、ケーキに手が伸びるショーケースとたくさんのコーヒーカップの陳列の色合い。同じようなものを見たとも言えるかもしれぬ茶色い部屋で「話」をする。
森ビルの方は サイトスペシフィック の スペシフィック の方に頭を馳せるいろいろの集積。とくに黒い袋の中の友人と私の無、降るエレベーターの中のnobadyknowsが印象。
見に沁みる居酒屋を新しく知る。
zoomで知らない人と会う経験。会話の中に現れた久方の脱構築に耳がやられる。なつかしの狂気の人をまたここでも思い出す。
半袖で汗をかかない程度に歩く最高
タイ料理の文字にできない味わい
暗がりにかかる外部を頭に乗せて 黒蜘蛛に目を合わす数秒 紙文字消滅
距離が取れる日と取れない日は測れそう。それ以上に測れないものとの距離を脇に置くか、どうするか。はっきり物言いをしない日にしておく。しかし今日は何かが生まれる文章をみた。
Chim↑Pom展:ハッピースプリング
MAMスクリーン015:ルー・ヤン(陸揚) @森美術館