肌が透けて見えた夜・掌のつる

最近は夢で見たこととそうでないことが混じることがなかったなと思ったけど、混ざりがちだったのは一時期のことだったと今更わかった。それは生活がじゆうほんぽうな朝夜を混ぜてもいい頃の、とくによくよく移動してた頃のはず。移動がありかつ一人の時間が多く同時に人と喋る時間も多かった。どちらかというと、夜の記憶か、日中の旅先の何度も行けていない広い道、建物の高さ、普段見ない空や海のけしき。そういう今すぐに思い出される時のことと、つよくよい体験であったことではあると思うが、今ここに残るはさまざまなことの総体で、それはもう一個のこのからだだけ。

味の記憶はあまりない。そして顔。顔の記憶はほぼ印象でしかなくそれもそれを見た時の、見えてないはずの私の方の顔に近い、文字にはしない、ぼやついた過去の体感だけが思い出されて、どこまでがその時の記憶なのか判別しなくなるのであまり思い返す、というのはできない。

昨日右手の左下の皮膚がずっと赤くなってることに気づいた。キーボードを触るときに当たる場所、ともかく机に接するところ。そんな体の変化に今更気づいて、それがいつからのことか(気づいた日に定着した可能性もあるが)わからないことが、なんか気になって、そこは薄赤くつるつるで、風呂上がりに見たら水分が枯れていた。

渋谷の駅に近い方のTOPがつぶれてた。階段を降りるときに、B1の店舗名を書くでかい白いバックライトの物に〈アコム〉しかなくてほぼ気づいた、まもなく踊り場を回って旧店舗に対面したらそこは薄白い何かで内側から覆い被されていた。

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先週久しぶりに演劇をみた。

こういうことは前にもあった気がするが、私いま昔食べた渋谷の真ん中の方の寂れたビルの上の方にあって客が私しかいなかったベトナム料理屋のことを思い出してる、演劇をみにいってそこで演目に全く関わらず開場の前後で起きた予定してなかったことが起きたときに演目タイトルとその出来事しか記憶にない件。始まる前にお子がなにかを時折大きめの声で発していてその声が、はいと始まる前に出演者が前に出てきて始まりを匂わすやらただの準備やらを始めてきーーんとし始めてる会場内の人間に聞こえてくるのが、久しぶりに自分の座っているところがただの点状態を思い出させて、それがよかった。パフォーマンスの方は、それより出演者への個人的な想像によりあまり入れなかったけど、1週間経っていま、まだ目や口や声を少しは思い出せる。

 

タイトルは こんな色のさいあくな朝がたくさんあったなあ 5/7 より